スタジオ飛鳥~俺の釣りがサブカルなわけがない!!

思うのは自由だけど、言うのは必ずしも自由じゃないのよん♪

釣り人は愚か者であれ。愚者であれ。

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「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」って格言は良く知られているだろう。多分、歴史とは他人の失敗談や成功論や知識の事だろう。

 

一般的には『愚か者は痛い目を見ないと分からない。賢者は他人の失敗から学び自分の失敗を回避する。』という解釈だろう。


賢者になりたい奴は「集合知は個人の偏狭な判断力を、大きく上回る。」とでも言いたいのだろう(笑)

 

 

しかし、『三人寄れば文殊の知恵』も、現実は『三人寄れば場の空気で』になっていないだろうか??

 

特に釣り人の皆さんに問いたい。経験から学ぶのは無駄なのか??愚かな行為なのか??


ここでいう『賢者な』釣り人って、ホゲるのがイヤで釣れる場所を予めリサーチする人であり、美味しい釣り場を聞いて回ってウザがられる、俗にいう「クレクレ君」とか、釣り場に行かず家の中で釣り雑誌や釣りのキュレーションマガジンばかり読んで頭デッカチになっている残念なアングラーの事だと思う。

釣れるか釣れないか分らんけど、とにかく行動してホゲてばかりのアングラーこそ自分の失敗から学ぶ愚者だろう。

さて、どちらの釣り人が上手くなるだろうか??


そして、賢者は、カッコ悪いからという理由で愚者になろうとはしないだろう。彼らは、経験が無い癖に、周囲にひけらかす為だけの知識は豊富でプライドは高い。だから、一方的に愚者を嘲笑えるし馬鹿に出来るし罵れる。ルアービルダーを志したとき、そういう輩が何人か関わってきた。いや・・・世の中そういう人ばかりだったと錯覚するくらいの人数は居た。

一方、ショアジギマスターともいえるアングラーは、釣り座の磯の香りで釣れる匂いが分かるという。知識で匂いが分かるようになるだろうか??知識で経験をカバーできるだろうか?

 

知識でしか語れない人間は、Wikipediaの出来損ないだろう。ウィキペディアを見れば済むので、今の世の中では必要とされないし要らない。そして、日常生活や仕事の場面でも、そのような人間は代わりが利く消耗品のような人だろうから世の中に居ても居なくても、どっちでもいい人ですね。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ・・・そして聖人は経験から悟る。」

聖人は、生まれつき聖人なのではなく、もともと愚者だったのではないでしょうか??

賢者は聖人に成れますか??( ´艸`)


「釣り人は愚か者であれ。愚者であれ。」


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